日本から出て北米に永住した3つの理由

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30年前,駐在員として初めて北米に8月赴任しました。

当時、2人の息子はまだ小学生、英語の苦手な私にとって子供の学校手続きその他、解らないことだらけでした。

同じ学校で何年も前から駐在している日本人の奥様方が、とても親切に対応してくださり、不安も段々なくなって、9月からの新学期、無事に学校に行けるようになりました。

新学期が始まって1ヶ月、最初はESL(English as a second Language)クラスにはいり、日本人のお友達もできて、楽しい学校生活が始まりました。

1ヶ月たった頃、先生との個人面談があり、1対1でお話しをすることに、朝から緊張しまくっていました。

しかし、それは慣れているベテラン先生で、私のつたない英語にも我慢?して、真剣に聞いてくださり、とても嬉しかったのを覚えています。

面接のあいだ1年生の息子は、そばでハサミを使って紙を切ったり、教室を駆けずり回ったりして、遊んでいましたが先生が突然、NO !Quiet!と!厳しい表情で大きな声で言ったので、その厳しい言葉に、私は思わず涙が出てしまいした。

息子も、意味がまだ解らず,キョトンとしていましたが、無事面談も終わり、手をつなぎ歌をうたいながら帰宅しました。

次の日、いつものように学校に送っていくと、日本人の親しくしているお母さんから、先生が、息子をを、お母さんを泣かせる悪い子と言っていたと聞き、もう何と言っていいか、子供に悪いことをしてしまったと後悔一杯!

まあ、そんな生活で始まった北米生活でした。

 

私が北米に日本から来て永住した3つの理由

 

理由①駐在が延びたから

主人は、駐在員の規定で4年で日本に帰ることになっていました。

その頃、多くの日本の会社が北米に来ていて、主人の会社も日本人対応で忙しい毎日を送っていました。

4年たった頃、他州にも事務所を開くことになり、新しい駐在員を送るより、他州は現地の人を雇っては管理することになって、帰国が延びました。

その時、会社の同僚が永住権を取った話をしてしていましたが、当時は永住する気はなかったのです。

しかし、上の息子が高校生になり、友達も進学の話が多くなり、学校側も、進路相談、取れるなら取っておこうと思い、弁護士を紹介してくれて1年半で永住権が取れました。

 

理由②息子たちもアメリカの学校生活しか知らなかったから

駐在もの8年になり、主人は日本に帰国となりました。

私も一緒に帰国する予定でしたが、上の息子は大学受験になり、アメリカの大学に行きたいと強く希望したので、私と下の子供と3人で北米に残ることになりました。

色々不安がありましたが、経済面では永住権があったので,授業料の高い大学も何とか払うことができ、ホントに取っておいてよかったと思いました。

大学の男子寮が1部屋空いたので、面談とかありましたが、幸い入ることができ、本当にラッキーでした。

息子の話では、4年生の寮長がいて、軍隊並みの厳しい規則があったようで、息子にとっても貴重な経験ができ、楽しい4年間を過ごせたようです。

 

理由③主人もこちらでの仕事が見つかったから

主人も一人での日本の生活は大変だったようで、こちらに休暇で来た時、会社を立ち上げた大学の先輩が主人に来て欲しいとの話があり、しばらく決断には悩みました。

同じように、こちらで転職した先輩などにも相談し、何日も話し合いました。

経済面も決して楽ではありませんでしたが、こちらでの8年間の実績と人脈もあり、思い切って北米に住むことに決めました。

会社も順調に伸び、何もかも任せられ、出張も多く忙しい毎日でしたが本人は、やり甲斐もある仕事を見つけ、私はただ健康管理に気をつけました。

 

まとめ

色々ありましたが、小さな家も買うことができ、主人は仕事の量も減らし、今は子供も独立して頑張っています。

今は、2人だけの生活になり、狭い家も大きく感じ、昨年リモーデルして、私の部屋も確保できました。

我が家のお隣のアメリカ人ご夫妻は、旦那様90歳で今も現役の弁護士です。

奥様は87歳、ルームコーディネーターとして、今も現役として活躍している素晴らしいご夫妻です。

私も奥様によばれて、勉強しながらコーディネーターのお仕事を手伝うようになり、老後の生活もぼーーと生きないよう(笑)に、頑張っていきたいと思っています。